奥出雲町の物語
奥出雲では、山をすっぽりと覆う雑木林の隙間から、ひょっこり顔を出す花崗岩を町のあちらこちらで見かけることができます。花崗岩とは、地中のマグマがゆっくりと冷えて固まった岩石のこと。日本各地に花崗岩はあれど、ここ奥出雲の花崗岩は磁鉄鉱が多く含まれています。それはつまり良質な鉄を生む大地だということ。ちなみに地球は表面上「水の星」と言われますが、中心部である核は鉄が主体の、いわば「鉄の星」。奥出雲の大地は、地球の真髄を感じられる場所でもあるのです。
その最たるスポットに、国の名勝・天然記念物に指定されている「鬼の舌震(したぶるい)」があります。斐伊川の支流の大馬木川の急流が周辺の花崗岩を削ってつくりだした、およそ3kmにわたる渓谷で、奇岩や怪岩が累々と横たわる神秘的な景観を見られます。
また、斐伊川の源であり、スサノオノミコトが降り立ったといわれる船通山や、イザナミノミコトがお産をした山として古事記に記述されている鯛ノ巣山、同じくイザナミノミコトが植樹をしたと伝わる玉峰山なども、土壌はすべて花崗岩地質。
地球は北極をS極、南極をN極とする大きな磁石になっていて、人間も少なからず、この磁力の影響を受けます。磁鉄鉱を多く含む花崗岩が分布する奥出雲の大地は、そんな磁力に左右される私たちを自然と引きつけるのかもしれません。
ちなみに、渓谷「鬼の舌震」のある山は『出雲国風土記』では「恋山(したいやま)」と記されている、恋の舞台。
ーーむかしむかし、一匹のワニがいました。ワニは、阿井村(奥出雲町馬木の古名)で暮らしているタマヒメのことが気になり、気になり、ひと目会いたいと、力をふりしぼって川をさかのぼってきました。しかしタマヒメは、大きな岩で川をふさぎ、ワニが近づけないようにしました。結局、会うことができないまま、ワニはタマヒメをしたい続けたそうです。
物語に登場する「ワニ」は、今の「ワニ鮫」のことだといわれています。魚が人に恋するなんて、非現実的なことのように思えますが、よその村の人との結婚が許されていない時代の話です。もしかすると、ワニは海辺に住む青年、あるいは海外からやってきた人の例えだったのかもしれません。女性が大きな岩を何個も使って川をふさいでしまうなんて、とても強い気持ちのあらわれ。相手を思っての行動か、村を思っての行動か、あるいは政略結婚を阻止するための行動だったのか。本当のところははかりしれませんが、女性の「意思」の強さが「石」に重なって見える、光景です。
そして、たたらと共に歴史を紡いできた奥出雲は、景観にもその物語の断片を見つけることができます。
一般的に鉱山では資源を採掘したあとの自然破壊が問題となり、たたらが描かれた映画『もののけ姫』でも、自然を壊した人間が山の神々から怒りをかうシーンが登場します。事実、ここ奥出雲でも木炭を得るために大量の木々が伐採されましたが、今、この地に自然破壊の影はありません。あるのは、四季折々の彩りが美しい雑木林。先人たちは30年という木の生育期間を考慮して、少しずつ場所を変えながら、順番に刈り取っていったため、光がいきわたる健康な山として生き続けているのです。人の手が加わった自然は、たとえ季節が冬であっても、どこかあたたかなもの。長い時間をかけて、人と自然がつくりあげた奥出雲ならではのあたたかな風景に触れてみてください。